青の光と星

目に見えないけれど、確かにある世界を感じ始めた私の日々について。

ダンス、喜びのままに生きる。

こんばんは、みけねこです。

 

今日は『ダンス、喜び』のことを

書きたいと思います。

 

私は約半年前に

ベリッシュ瞑想という瞑想に

取り組んでいたのですが

途中からどうしてもやりたくなくなり

中止していましたが、

 

その瞑想の時に

お腹から湧いてくる強いエネルギーは

明らかに抑圧してきたものだと

感じていたので

そのままにしていることが

ずっと気になっていました。

 

今、振り返り思うことは

私はとても性的な抑圧が強く

それを認められなかったため

強く激しいエネルギーが

お腹から解放を求めるように

現れていたのだろうということです。

 

最近は、エクスタシーを感じると

陽気で無邪気なエネルギーが

現れるようになって

自然とジベリッシュ言語が

出てくることもあり

ふと、

 

『今ならジベリッシュ瞑想に

取り組めるかも』と思い

行ってみたところ、

スムーズに言葉が出てきて

ベリッシュ瞑想ができるように

なっていました。

 

半年間、色々やってきて

激しいエネルギーが少しずつ

解放できてきたんだなぁと

手応えを感じて、嬉しかったです。

 

以前から読もうと思って

でもなかなか読めなかった

OSHOの本、

『オレンジ・ブック』を参考に

 

今は『ジベリッシュ瞑想』と

『ナタラジ・メディテーション』を

しています。

 

『ナタラジ・メディテーション』は

踊りの瞑想です。

40分間踊り、その後

静かに休息し、また少し踊る。

 

今も下半身が勝手に

動き出すことがあるので、

ダンスをした方が良いのだろうと

思っていました。

 

ダンスのポイントは

『自分を失くすこと』。

 

自分が踊るのではなく

『存在』が踊るように。

我を忘れるように、

陶酔するように

現れるエネルギーのままに

ただ踊るのです。

 

初めはいつものように

やはり、気が乗らず(笑)。

けれど、私の中で

『やりたくないけど

なんとなく、

少しやってみたいかな?』が

抵抗を突破していく

鍵になるので、その感覚に沿って

踊ってみることにしました。

 

初めは

踊り方なんて知らないしー

踊ったことないしーと

思考がうるさかったのですが、

音楽をかけながら

ジャンプしたり、

適当に左右に動いていたら

涙が出てきました。

喜びが溢れてきたのです。

 

『そうだったんだ。

本当は踊ったりしてみたかったのに

踊っちゃいけないと

禁じていたんだなぁ』と

気づくことができました。

 

深くダンスに入ると

勝手に身体が踊りだし

歌が生まれてきて

歌い出す。

 

私は踊れないわけではなかった。

本当は、踊りたかったんだ。

 

またひとつ

宇宙、存在とコミュニケーションする

ツールが増えて、

楽しみになりました。

さらに深めてみたいです。

 

OSHOの本も

すごく良いです。

OSHOは

『遊びに満ちて』ということを

覚えておきなさい、と言います。

 

人生という創造は、遊び。

神の遊戯、リーラ。

 

ベリッシュ瞑想についても

また書きたいと思いますが

生は遊び、笑い、ふざけ

本来そういうものである

という感じが表出してきています。

 

人生は実際、

深刻なものではない。

 

綺麗事や励ましではなく、

どうやら、

本当のことのようです。

 

今年は予想以上の

激動の変容プロセスを

通り、今後もますます

深まっていくのだろうと感じていますが

 

長年の抑圧してきた性的ブロックを

手放す流れが進んだのは

セッションやリトリートで

お世話になった中野さんや

今年新たに出会った方達との

交流のおかげです。

感謝しています。

 

また読者登録してくださった方や

読んでくださった方、

コメントも

ありがとうございました。 

 

今年後半は

性のことを色々書いていて

こんなこと、書いてもいいのだろうかと

迷うことも多かったのですが、

ありのまま書いて良いのだと

更に内側に信頼を置けるように

なりました。

 

また来年も

色々、書いていけたらと

思っています。 

目覚めの道にある方や

興味のある方の

何らかの参考になれば

幸いです。

 

読んでいただき

ありがとうございます。

どうぞ、良いお年を!(^^)/