青の光と星

目に見えないけれど、確かにある世界を感じ始めた私の日々について。

大嫌いな人は、大切な人。

昨日、

以前書いていた別ブログの

過去記事を久々に

読んでみた。

 

『大嫌いな人』という記事。

 

その内容は

以前、職場にいた人について

書いていた。

 

その人は

社会不安障害の症状が出て

アルコールの過剰摂取により

内臓も病んで

若くして亡くなった。

 

その人と

一緒に働いていた時、

私は

とても精神的に影響を受けて、

恐れの反動から

態度に出てしまって

それが相手に伝わり

反感を買ってしまっていたので

 

その人に殺されるんじゃないか?

家に押しかけられるのでは?

と怯えながら

暮らしていたという

ことがあった。

 

その人が亡くなって

私はその事を知らなかったのだが

 

それを人づてに

聞いた時。

 

温かい想念の

エネルギーで包まれた。

 

そして、私は

これはその人の

『ありがとう』なのだと思った。

 

そう、

私達は似たような

痛みを持つ者同士であった。

 

半年前に

その記事を書いた時には

まだ、罪悪感が強く

自分の中にあったのだが、

 

今はもっと違う感覚がある。

 

その人は

私の恐れを

思い切り、

嫌というほど、くっきりはっきりと

見せてくれた鏡なのだと。

 

私が私の恐れを

見つめ、感じ、解放して

許し、受け入れていくために。

 

生前憎み合った関係でも

死後、変われる事もある。

 

死んだ後に

自分や相手の状況や本音が見える。

 

生きている側も

日々、変化している。

 

肉体は死んでも

魂は不滅である。

死は

人を別れさせない。

真の別離はない。

 

死者との

関係性は変えることが出来る。

 

他者は自分の

エネルギーの表現なのだ。

他者は自分である。

 

自分の現実に現れている

大嫌いな人ほど

実は、自分にとって

見たくないものを見せてくれる

重要な人物だったりする。

 

それを今、

改めて感じている。